at justice square.


「おっそいなぁ・・・」
そろそろ来るはずなんだけど・・・。 少年はそうつぶやいて、自分の後ろを見上げる。
「ここで、良かったはず・・・だよなぁ・・・」
少年が建っているのは街中。
広場の真ん中に、大きなモニュメント。
その前。

そのモニュメントはずっと、ずうっと前に市民の強い要望で、記念碑として立てられたそうだ。
この広場、付近に学校やデパート、会社が隣接するために人通りも多い。
今ではよく若者達の待ち合わせの場となっている。
この少年も、ある少女を待っていた。

「違ったっけ・・・・?いや、たしかjustice squareで良かったはずだし・・・」

少年はそうつぶやいて、今度は暗くなった空を見上げる。
ちらつき始める、白い残像。
・・・もう雪の時間か。
冬・・・11月から1月辺りにかけて、定期的に降る雨が雪に変えられる。
この、ディセンベルでは。他のプラントでは、雪は降らせないらしい。
しかしこの人工雪、人々に非常に人気がある。毎年この時期になると、ディセンベルは人工雪目当てで訪れる観光客が後を絶たない。

しかし。
そこまで考えて、シンは暗くなった空から降る白い雪を睨む。
近くの電灯が灯った。当然ながら、日は落ちている。

シンは、雪が嫌いだった。
理由は、特にない。
「何故か」と聞かれても「わからない」と答える。
あえて言うならば、「不安になるから」とでも言うべきか。
雪を見ると、妙に胸がざわつく。何か、何かとてつもなく大切なモノを失いそうで恐い。
もちろん、雪の時間に大切な物をなくした事なんてないし、両親に聞いても、 そんな事はなかったと言われた。
何がそうさせるのか。・・・・わからないが、とにかく嫌いなモノは嫌いだ。

降り続ける、雪。
暗い空。
まだ降るのか・・・。
さっさと、止めばいいのに。

・・・・ステラは、どうなんだろう。

ふとシンは、待っている少女の事を思い浮かべる。
ステラに会ったのは、数ヶ月前。
ハイスクールに入学して、すぐ。ステラと出会って、友達も増えた。話して、一緒に笑って・・・。
少女の事を守りたいと、大切なんだと思い始めた。
自分らしくなんか、ない。・・・・けど。今日は、ステラに渡したいものがあるんだ。
きっと、ステラは喜んでくれる・・・・と、思う。柄にもなくちょっと、緊張している。

いよいよ日が暮れて、辺りは暗く。
しかし街頭やイルミネーションが、広場を照らす。
手を繋いで歩いている恋人たちを。幸せそうに、笑顔で、歩いている恋人たちを。

ふと。シンはもう一度振り返る。

シンの目に映ったのは、一つのモニュメント。
誰かの・・・銅像。
この銅像は statue of justice(正義の立像)と呼ばれている。
銅像の名前にちなんで、この広場はjustice square(正義の広場)と名付けられたそうだ。
普段は気にならないモニュメントが、今日はなぜか気になった。シンは食い入るように、そのモニュメントを見つめた。

誰だったっけ・・・これ。
確か・・・ずうっと前にあった戦争で活躍した人だったっけ?
それにしても大層な作りだな・・・。右手には天秤持ってるのか?あれ。で、左手には・・・剣だ。剣持ってる。
ブロンズでできてるみたいだけど、きっと赤い軍服着てたんだな、アレ。胸には・・・なんだ?羽の紋章?

そこまで考えて、ふと冷静になった思考が、自分自身に異を唱える。

いや、あれ軍服なのか? 俺、なんで軍服ってわかったんだ? しかも、なんで銅像が着てる服の色が赤って思ったんだ・・・?
いやでも、絶対こいつが着ているのは赤い軍服なんだ。・・・・なんで赤って確信してるんだよ。俺。
銅像は色づけなんてされていない。ブロンズだ。
それなのに。
なんでだよ・・・・?
奇妙にざわつく気持ち。
心の中でカンカンと金属音が鳴っているような。
心の深いところで、何かが音を発てているような。
そんな、気持ち。

なんだ・・・?なんだ、これは・・・?

異常な既視感と不安を胸に抱きながら、吸い寄せられるようにモニュメントに近づく。
右手に天秤。左手には剣を戴きそびえ立つモニュメント。
銅像の足下・・・・丁度シンの目の前くらいの高さに、こう彫り込まれている。

”He is libra. He is justice.・・・・”

なんだコレ。
「彼は天秤」?「彼は正義」?何だそれ。あ、まだ何か書いてある。えー、何々?
「彼が右手に頂く天秤は、善悪を測る正義の天秤である。彼が左手に頂く剣は、彼が悪を裁き善を守る正義そのものであることを示す」
・・・・・????

彫り込んである文字を見れば、こいつが気になった訳もわかるかも。
そう思って見てみたのに。何だよコレ。意味不明じゃん。
訳のわからない文が並んでいるだけで、結局何もわからない。
何故自分は、このモニュメントが気になるのかも、わからない。

しかし。
シンの胸に、一つだけ引っかかったフレーズがあった。彫り込みに刻まれた、最後の一文。


”Athrun Zala   October 29 C.E.55 - xxx xx C.E.73”


アスラン・ザラは・・・・コズミック・イラ55年10月29日から73年まで生存。
死んだ日は不明・・・か。
コズミック・イラ73って・・・めちゃめちゃ昔じゃん。アスラン・ザラ、それがこいつの名前。で、コイツC.E.73に死んだってわけ、か。
55年から73年だから・・・あー。やっぱり。俺と同じくらいの歳だったんだ、こいつ。18歳で死んだんだ。

シンは改めてその銅像を見上げる。
この銅像を見る限りでは、そーとーな美形で、まだ若い。
きっと18歳の時がモデルなんだろう。男にしてはちょっと髪が長めだな。
でもまあ。銅像にする時点で、ブサイクでもけっこう美形にするらしいしからなあ。そういうのって、あてになんないらしいけど。
18歳。
まだ若かったはずなのに。
戦争があってた頃は、俺と同じくらいのヤツもいっぱい死んだらしく、 珍しいものでもなかったんだろうけど。
やりたいこととか、会いたい人とか、・・・・好きな人とか、いたんだろうに。
18歳で死ぬ、なんて、死んでも死にきれないだろうな。俺だったら、ほんと堪えられない。
俺のばあちゃんのばあちゃん(だったっけ?)も、あの時の戦争はめちゃめちゃ大変だったって 言ってたらしいからなぁ・・。
あれ?ばあちゃんのばあちゃんだったっけ?
ばあちゃんのばあちゃんのばあちゃんじゃなかったっけ?あれ?



「・・・シン」



その声に振り返ったシンが、笑顔で「ステラ!」と呼ぶと、いつの間にかシンの後ろにいたステラも、 すごく嬉しそうに頬を染めて微笑んだ。
しかしすぐにしゅんとうつむく。
「ごめんね、シン・・・」
「全然大丈夫だよ!あの先生、居残りさせるって有名だもん」
「そう・・・?」
ステラは、不安そうにシンの顔をのぞき込む。
「うん。俺も今来たところ。だからステラは、気にしなくていいよ」
シンは冷たくなっているステラの両手を、自分の両手で優しく、包み込むように握る。
「うん・・・。ありがとう、シン・・・」
ステラはシンの顔を見て、嬉しそうにその大きなワイン色の瞳を細めた。

「帰っろっか?ステラ」
「・・・うん!」

シンは左手を。ステラは右手を。2人は互いの手を繋いだ。
ふと。
シンは思い出した。
ステラに買った、プレゼント。

シンは銅像の前で、鞄の中をがさがさとさぐり始めた。 ステラはそんなシンの様子を、きょとんとした表情で不思議そうに見ている。 しかしシンは目当ての物を手に取ると、恥ずかしそうに差し出した。
「これ・・・ステラに」
「・・・?」
「開けてみて・・」
シンは照れながら、不安そうな顔で言った。
ステラは不思議に思いながらも、その包みを開けた。
中には・・・・。


「あの、さ・・・マフラー。ステラに、似合うかと思って・・・」


ステラを待っている間。
広場の近くのデパートのウィンドウに飾ってあったマフラーに、目が留まった。
淡い水色のマフラー。ステラに似合うと、思った。そう思ったら、いてもたってもいられなくなって。 気づいたら自分は、きちんとラッピングされたマフラーを買っていた。

なんにもない。
クリスマスでも、誕生日でもない。そんなんで、渡していいのか迷った。
でも、ステラに似合うと思った。ステラにあげたいと思った。だから。

ステラはきょとんとしたまま何も言わない。 そんなステラを見て、シンは少し不安になった。
気に入られなかったどうしよう。誕生日でもクリスマスでもないのに、やっぱり渡すべきじゃなかったのかな・・・?

しかしステラは、無言のままそのマフラーを自分の首に巻いた。 シンは不安を抱えたまま、じっとステラの表情を伺う。するとステラは満面の笑みを浮かべて、こう言った。

「ありがとう、シン・・・。ステラ・・・すごくうれしい・・・」

シンの今までの不安が一気に吹き飛んだ。ステラが、喜んでくれた。

「シン。大好き」
「へ?」
「だから。ステラ、シン大好き」
「え・・・あ・・ありがと・・・」
「シン、ステラ嫌い?」
「そんなこと絶対ない!!」
「ほんと?」
「うん!!俺もステラが好きだよ!!」
「ほんとに?」
「うん!」



雪が降る。今日も、この街に。戦争があったのは、遠い昔。



「じゃあ、帰ろっか?」
「うん!」



正義の広場。その中心に立ち続ける正義の立像。
アスラン・ザラ。

彼は何を思って立ち続けるのだろうか。彼の銅像の前では、今日も多くの恋人たちが。
幸せそうに、歩いているというのに。




[初出 2006.11.24]